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ウェイに逢うてはウェイを斬り、オタクに逢うてはオタクを斬る。

世に従えば身苦し。従わねば狂せるに似たり。

知は力なり

そろそろ、あと一年で「学生」は終わりという時期です。

 

学生が終わると試験勉強から開放されますが、就活の勉強とか資格の勉強とかで忙しい人も多いですね。

 

試験にしろ就活にしろ資格にしろ、この手の勉強は基本的に、体系的に学んできちんと暗記しよう、興味がなくてもやろう、労働や生活に役立てよう、というスタンス。

 

だから勉強は疲れる。

 

高校時代は附属校で、受験に囚われない自由な授業という特徴をストレートに表現してる面白い先生もいたので楽しいときもありましたが。

 

例えば、高杉晋作が長崎で買った船の名前がオテント丸とか豆知識を教えてくれた先生や、民族浄化の話をするときにレイプレイプと言って若干教室引かせていた先生や、現国なのに文学ではなくウルトラマンマルコムXの映画で授業してた先生など。

 

勉強はあまり好きじゃないけど、基本的に新しい知識を得て何かを考えることは嫌いじゃないとも感じています。

 

今まで中二病とゲーム好きの影響で色々なものを調べてきました。

 

北欧神話ギリシャ神話、日本神話、クトゥルフ神話キリスト教、近代西洋魔術、空想の生物、ナチスドイツ、刀剣、銃火器、家紋、歴史上の変人、コンピュータ技術者、SF系オカルト、ゲーム機の歴史、などなど。

 

とはいえ、学術的に価値のある本ではなくWikipedia巡りや個人サイトが情報ソースだったり、ムック本や「図解クトゥルフ神話」みたいな怪しい本で仕入れた知識ばかりで、しかもハッキリ言ってにわか知識だから多少間違った認識をしてたりうろ覚えだったりする。

 

内容からしてアレなのに精度もアレなので「知るだけ無駄」「考えるだけ無駄」な自覚はあります。

 

でも、古代ギリシャの市民は奴隷に労働を任せて「知るだけ無駄」「考えるだけ無駄」に思えるようなことを頭のなかでこねていたらしいじゃないですか。空に何があるかもよく分かってないのに神々の名前とか付けちゃうのは完全に中二病ですよ。

 

school(学校)の語源はschole(ギリシャ語で"暇")、これも高校の先生に教えてもらった豆知識ですが、面白話というより目からウロコ的なエピソードとして心に残っています。「暇な学生」は何かダメな印象を持たれてしまうという今の状況が滑稽です。

 

しかし、どうも現代社会的には「知って、考える」はあくまで手段というか最悪そこまで重視しなくて「体を動かして、人と適切なコミュニケーションをとって、金銭を得て、家族を養って社会に貢献する」という目的を達成できなければ人間失格らしい。

 

自分は「知って、考える」は好きだけど、その後の以下略がどうも億劫で、そこまで必死にやろうと思えない。

 

「お金儲けにつながる知識」「人に好かれるための知識」みたいな外側の現実世界のための勉強は放棄して、内側の空想世界を豊かにするための勉強を気が向いたときに好きなとこまでやっても許される世界に生まれたかった。

 

復活しろ奴隷制、俺は「市民」だ。兵役?哲学的理由をつければ断れるだろ、多分。あるいは人工知能の可能性を信じて待つか。

 

そもそも自分の内側(脳内)にある世界を重視してない人が思った以上に多いと日々感じているところですが。

 

今回は割とニートになる可能性が高まってきた人が物質主義から離れる訓練をしているという話題でした。