ウェイに逢うてはウェイを斬り、オタクに逢うてはオタクを斬る。

世に従えば身苦し。従わねば狂せるに似たり。

第五次ウェイオタク戦争

 

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前回、前々回の記事では私が無意識にウェイ文化の規範に囚われていた過去とオタクの覚醒までを書きました。

(妄想垂れ流し記事のことは忘れてください)

 

これを読んだ人ならば、ウェイとオタクは相容れない対極の存在であるいうことが理解できるはずです。

 

もう一つ、私がオタクになる過程の中で語らなければいけないのは「迫害」についてです。

 

当時の私は自分がオタクであることを同類以外には隠していました。「けいおん」流行以降の一般層へのオタク文化認知が一気に進むほんの少し前、「秋葉原連続通り魔事件」からマスコミによるオタクバッシングのきっかけ「宮崎事件」が想起されていた頃です。

 

家ではオタクグッズを隠し秋葉原に行くときは別の場所へ行くと嘘をついていた親には、友達からCLANNADの年賀状を送られてバレたことで少し心配されました。親は当然「宮崎事件」をリアルタイムで知っている世代なのではやはり良い反応はしません。

 

学校でもオタク話に熱が入りすぎてバレました。クラスのウェイ系女子数人から「オタクきもい」的なことを言われました。「恋空」を読んで感動してるような奴等に言われたくない。

 

しかしバレたときに、弁解するような言葉を発しようとは思いませんでした。バレてしまった、ヤバいかも、でもしょうがないオタクなんだから、と。既に「覚悟」は完了していました。

 

オタクバレしたお陰で僅かながらも「君もオタクかい?」的な新しい交流が生まれたこともあり、高校生になったら最初からオタクであることを隠さないようにしようと決意しました。

 

ウェイ文化の言葉で言えば「高校デビュー」に相当するのでしょうかね。(わかってると思いますが皮肉です。一緒にしないでもらいたい)

 

自分とて世間からの苛烈なバッシングを浴びながらも己の道を貫いた90年代のオタクから見れば何の苦労も知らないヒヨっ子でしかありません。

 

しかし、ほんの僅かな期間ではあるけれど、まだオタクが異質のものとして非難の対象であった時代に「覚悟」を持って生きていました。

 

ウェイオタクは実際にウェイや異性に「オタクきもい」と言われたらすぐオタク的な言動を控えて奴等へ媚びるでしょう。

 

彼らはほんの僅かな覚悟もない、あくまで変な人ぶっているタダの無個性な人間ですから。

 

そして、野蛮なるウェイ文化で受けた暴虐から私を救ってくれたオタク文化を、ウェイの規範からズレていても、うまく社会に溶け込めない歪な奴でも楽しめると思わせてくれた場所を……再びウェイの気で汚すことは、絶対に許せません。

 

曖昧な領域で妥協しながら双方の上澄みだけ掠め取ろうとする義のない輩、ウェイオタク。

 

彼らに聖杯を渡すことだけは阻止すべきです。