ウェイに逢うてはウェイを斬り、オタクに逢うてはオタクを斬る。

世に従えば身苦し。従わねば狂せるに似たり。

オタク/zero 私がオタクになるまで ~中学生編~

it-onigiri.hatenablog.com

 

中学二年生になってすぐのある日、小学生のときに仲の良かった友達でしばらく疎遠になっていたI君と再会しました。

 

しばらく話していると、彼は突然とんでもないことを口にします。

 

「最近ギャルゲーってのにハマってる」

「ギャルゲー?女子がやるようなゲーム?」

「違う、女の子とイチャイチャするゲーム」

 

ゲームといえば任天堂のくらいしか知らなかった当時の自分は「ギャルゲー」なるものが全くイメージ出来ませんでした。

 

「好きなキャラを攻略すると楽しい。萌え。俺の嫁になる」

「キャラって絵でしょ?萌えって何だよ……。絵の存在が好きとかありえない」

「お前もやればわかる」

 

つい1年前までウェイ規範の中で生きてきた自分には、キャラクターの絵を「嫁」と呼ぶ彼は狂気としか思えませんでした。

 

 

それからしばらくして、新しいクラスで仲良くなったK君にポケモンの話を振ると、突然いきいきと語り始め「努力値」とか「個体値」とか意味不明な概念を教えてくれました。

 

親のパソコンを借りてK君から聞いた情報を詳しく調べつつ、その通りにポケモンを育ててみると、今まで育てたポケモンでは何となく戦って何となく負けてしまった強敵を倒せるようになったのです。

 

プレイヤーの知識と経験で今まで勝てなかった敵を倒す。ゲームが一番面白くなるあの達成感をハッキリと意識して感じられた瞬間「ゲーマー」としての目覚めでした。

 

K君からは「ファイナルファンタジー」というゲームのことも教わりました。マリオ、ポケモンカービィのようなゲームしか遊んでいなかった自分にとって、世界観や物語・キャラクターを重視したゲームというのは革新的で、FF好きが高じて神話や魔術のことにも興味が出てきます。世に言う「中二病」に罹患しました。

 

給食の時間に校内放送で「片翼の天使」を流して、ごく一部の人達と熱狂してたりもしました。

 

他にも当時仲の良かった友達は、絵が上手い人、フィギュアの原型師を目指している人、パソコンに詳しくてPSPの改造をしてる人、と変わった感じの人達でした。

 

彼らは皆、I君も話していた「ギャルゲー」や「深夜アニメ」なるものを嗜んでいるようで、あんまり楽しそうに話しているもんだからと自分も手を出してみることにしました。

 

人生初の「ギャルゲー」PSP版の「ToHeart2」をやってみると、そこには確かに「萌え」ありました。そして「CLANNAD」や「ダ・カーポII」を通して、傷つき失ってしまった人としての「愛」を見つけ、ウェイ規範からの完全な脱却を達成したのです。

 

「絵の存在が好きとかありえない」確かにそう思っていた自分が二次元を人生の糧とするようになりました。

 

 

「ゲーマー」「中二病」「萌え」。今の自分を作り上げた要素は、何もないところから自然に生まれたのではなく、全て彼らから学んだものでした。

 

彼らは「オタク」と呼ばれていました。そして自分も「オタク」という長い長い坂道を登り始めたのです。