読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

オタク/zero 私がオタクになるまで ~小学生編~

ウェイオタク批判 人間性

はじめに

前回の記事にてコメントを頂いたのですが、滅多にコメントの来ないブログなので全く気が付かずに返信が遅れてしまいました。

日常的にコメントが付くようになればチェックする癖がつくかもしれません。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

これは始まりに至る物語―――。現在行われている第五次ウェイオタク戦争の10年前のこと―――。

 

生まながらにオタクな人はいません。

 

これだけウェイオタクけしからんと息巻いている私も、かつてはオタクのオの字すら知らない時代がありました。

 

流行りのJ-POPを聞いて、テレビドラマを見て、運動が出来るのが良い子供だと思っていて、人を笑わせて面白いヤツだと思われたくて、三次元の隣の席にいた女の子が好きでした。

 

でも、J-POPやドラマより「ゲーム脳」になるからと1日30分しか遊べなかったゲームの方が遥かに楽しかったし、運動が苦手な自分はダメな奴だと思ってたし、本当に面白いクラスの人気者の劣化版みたいな扱いを受けてたし、マセガキ共から煽られたことを気にして好きな女の子とは距離を置くようになってしまいました。

 

特に最後の件のダメージは計り知れず、10年続く私の女性恐怖症の元凶なのですが、その話はまた別の機会に書きます。おそらく。

 

思えば保育園に入って最初に人間社会と関わりをもったときから周りと上手く馴染めない、五体満足で大病を患ってるわけでもなく、人種や言語が違うわけでもないのにいつも「普通」とズレてしまう居心地の悪さはずっと感じていました。

 

当時は劣等感や自己嫌悪として感じていたそれは、中学校へ上がる頃になると「自分は普通に上手くやっていける人間ではない」という純粋な意識に変わり始めました。

 

それまで軸としていた普通の価値観、今にして思えばウェイの規範から離れていった自分は、自己否定のループから抜け出すと同時に「ウェイにはなれない自分」と向き合うことになりました。

 

中学最初一年は、三者面談で事前調査の紙に生涯独身であるだろうと書いて大層驚かれたり、クラスのマセた男女が授業中に回していた小っ恥ずかしい手紙を盗んで黒板に貼り出したり、他人の闇を探る界隈を結成したりと意味不明な思い出ばかりが残っています。

 

1日30分ルールをなし崩しにして好きなだけ遊べるようになったゲームも、ポケモンエメラルドバトルフロンティアをきちんと育ててないポケモンで挑んでは負けというのを一人で何も知らずに繰り返すだけでした。

 

しかし中学二年生になると、世にも想像しがたい出来事が私の人生を変えることになるのです。

 

it-onigiri.hatenablog.com