ウェイに逢うてはウェイを斬り、オタクに逢うてはオタクを斬る。

世に従えば身苦し。従わねば狂せるに似たり。

これは幸せな人向けの記事ではない、幸せな人間を志す者は無用である。後編

 前回の記事では、ウェイ適性のない人間が一般の競争社会で足掻いても無駄なので、引きこもったり自殺するか、あるいは特殊な環境で自己実現をする以外に幸せになる方法はないということをお話ししました。

it-onigiri.hatenablog.com

 

しかし、何も人生の難易度は生まれた時のパラメータだけで決定する訳ではありません。

 

今回はウェイ適性のない人間が陥る後天的な二次障害 「認知の歪み」についてお話しましょう。

 

「認知の歪み」とは心理学の用語で10パターンに定義された傾向なのですが、詳しくはググッて下さい。本記事ではいくつかの例を抜粋して解説します。

 

・全か無か思考

世の中には悪人か善人、鬼か仏、ウェイかオタクしか存在しない。あいまいな領域に生きているウェイオタクは許されない。

 

・一般化のしすぎ

 うちの大学のオタク系サークルはウェイオタクしかいない→だから日本のオタク文化も死に貧している。

 

・すべき思考

ウェイオタクは従来のオタクの居場所を奪っているので世界から排除すべきである。オタクは己の理想に殉教して孤独に死ぬべきである。

 

・レッテル貼り

オタクを名乗ってるくせにコミュニティで流行ってるものを追いかけるだけの奴はウェイ。オタクを名乗ってるくせに現実の異性に媚び売って醜態を晒してる奴はウェイ。

 

と、こんな感じのが「認知の歪み」と言われており、ウェイ社会で生きていく上での「障害」であるとされ「生きづらさ」を加速させているらしい。

 

考え方なんて変えられる、もっとウェイ社会に向いたノー天気な思考法を身に付ければいいじゃないと思ったそこの貴方、実に甘い。

 

名前が「ジャイ子」の人がいたとしましょう。家庭裁判所に認められれば本人の意志で名前を変えられますが、簡単にはできません。

 

それに、成人してから「唯」とか「渚」とか「凛」とか「ネプテューヌ」みたいなかわいさ溢れる名前に変えられたとしても、「ジャイ子」という名前で苦しんできた過去は永遠に変えられません。

 

顔が「ジャイ子」みたいな人がいたとしましょう。今の時代、ちょっとお金を貯めて高須クリニックなり韓国なりに行けば顔なんて変えられますが手術に臨むには相当の覚悟がいるでしょう。

 

それに、「唯」とか「渚」とか「凛」とか「ネプテューヌ」とまでは行かずとも三次元基準で見ればまあかわいい顔になれたとして、「ジャイ子」みたいな顔で苦しんできた過去は永遠に変えられません。

 

何が言いたいかというと「思考」や「認知」というのも名前や顔と同じ、厳しい人生の中で固定されたアイデンティティだということです。簡単に変えられると思ったら大間違い。

 

そもそもウェイ社会に不向きなアイデンティティを無理やり矯正して何の得があるのでしょうか。

 

ウェイ適正のある人間がタダで持っているものを、わざわざお金や時間を掛けて獲得するというのは資本主義社会ではおかしいことですよね?

 

生まれついてのウェイ適正も、それによって生じる後天的な考えの歪みも、受け入れるしかないのです。

 

高校デビュー」や「大学デビュー」のような個を捨てた弱者の生き方に流れていく人間、社会不適合者である己の歪みと向き合えない人間、まだ「普通の幸せ」を捨てられない人間達へ、こう言いたい。

 

ウェイに向かない人間がウェイの生き方を目指すのは「妥協」でしかない。

 

世の中は白と黒しかないのだから、ウェイになれないなら真逆の道を極めろ。

 

 

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