鬼ブログ

世に従えば身苦し。従わねば狂せるに似たり。

SEKIROのイージーモード論争に物申す!!!

まず、自分はSEKIROにイージーモードを追加しろという意見には反対です。

 

しかし、誤解されないように最初に言っておくと、一部の反対派に見られる「下手な奴が文句言ってるだけ」といった感情論を持ち出すことはしません。

 

あくまでゲームの面白さに沿って自分の考えを書きたいと思います。

 

 

 

期待されるイージーモード、最大の争点となっている強力な敵キャラクターとの戦闘難易度を低下させる手段として考えられるものに以下の3点を挙げる。

 

  1. 操作キャラクターの耐久力を上昇させるようなステータスの強化
  2. プレイヤー側に有利となる機能の追加
  3. 敵キャラクターの攻撃モーション削除等の対応操作の簡略化

 

まず、プレイした人にとっては今更言うまでもないが、ステータスの強化については既に実装されている。

 

SEKIROには、操作キャラクターのHPの最大値を上昇させる「数珠玉」と、回復アイテムの使用回数が増加する「瓢箪の種」というアイテムが、フィールドの各地に多数点在している。

 

「数珠玉」と「瓢箪の種」は、強敵との戦いにおいて非常に有効な対抗手段であり、困難に直面したプレイヤーがフィールドを探索する重要な動機付けである。

 

イージーモードによるステータス強化は、同じ役割を持っているこれらのアイテムの重要性を減らすことになり、そうなると本来のレベルデザイン(ゲーム内の敵やオブジェクトの配置)は機能しなくなるためフィールドを簡略化する必要がある。

 

次に、プレイヤー側に有利となる機能の追加について。

 

SEKIROには「回生」という一度敵に倒されても再び復活できる強力な補助システムがあり、イージーモードにおいては「回生」の使用回数を通常より増やしてはどうかという提案もされている。

 

しかし「回生」はゲームシステムとしてだけでなく、世界観とストーリーの根幹となる要素でもある。

 

SEKIROでは、「回生」の他にも操作キャラクターに重要な機能が追加される際には、単なる新しいシステムとして説明されるだけでなく、必ず物語上の重要な演出として登場する。

 

イージーモードによって本来無かった機能が追加された場合、ノーマルモードではなかった演出を強引に挿入すれば違和感が生まれてしまうし、その部分だけゲームシステムとして淡白に追加しても同じだ。

 

SEKIROの難易度設定は、レベルデザインやストーリーと不可分の要素であり、「ステータスの強化」と「機能の追加」という点でイージーモードを構築しても、ノーマルモードを遊んだプレイヤーと同じゲーム体験を平等に提供することは不可能である。

 

例えばアクションゲームは苦手だけどフィールドの雰囲気やストーリーを楽しみたいというプレイヤーに、簡略化されたフィールドと不自然なストーリーを体験させることが「配慮」だとは思えない。

 

 

最後に敵キャラクターへの対応操作の簡略化という手段が残っているが、ボスが使う技の一つ一つを覚え、自分なりの対処法を見つけていくことがプレイヤーごとの唯一無二の体験になるSEKIROでそれをやるとどうなるか。

 

既存のプレイヤーが自分のゲーム体験を他のプレイヤーと共有できないというデメリットが発生してしまう。このことは開発者も言及している。

 

『SEKIRO』のディレクターである宮崎英高氏は、GameSpotのインタビューに応じた際に、同作に難易度の選択肢がない理由について、全てのプレイヤーに達成感を与え、同じ水準の議論に参加し、同じ水準の喜びを感じてもらうためだと説明している。フロム・ソフトウェアとしては、難易度の選択肢があると、遊び手それぞれのゲーム体験に相違が生じ、プレイヤーベースが分散してしまう。そうした点を常に考慮して、ゲームをデザインしているという。

automaton-media.com

 

圧倒的な強敵と戦って感じた絶望感や、遂に倒して大きな達成感を得たプレイヤーは、その感情を噛み締めつつも、黙って大人しくしていることは難しい。

 

「ダークソウル」のボス部屋に書かれた「心が折れそうだ…」や「おれはやった! 」のメッセージの多さがそれを表している。

 

ゲーム内のオンライン要素以外でもそれは同じ。どのボスで苦戦したかを語り合ったり、他プレイヤーの攻略動画を見て意外な戦い方を発見するのも面白い。

 

SEKIROはソウルシリーズと違ってオフラインのゲームだが、ソウルシリーズの目指した「非同期のゆるいつながり」というコンセプトを継承している。それを安易に崩して欲しくない。